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藤沢 武夫(ふじさわ たけお)
1910(明治10).11.10〜1988(昭和63).12.30
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明治43(1910)年、東京生まれ。京華中学卒業後、日本機工研究所を設立。戦後、本田宗一郎を知り、
昭和24(1949)年、本田技研工業に常務として入社。経営を担当し、技術部門を担った本田と共に
“世界のホンダ”の基盤を作る。39年副社長、48年には第一線から退き取締役最高顧問となり、
58年取締役を引退。この間52年4月には藍綬褒章を受賞。63年12月30日歿。享年78。従四位
勲三等旭日章を受章。(経営に終わりはない、著者紹介より転載)
注目理由
ホンダといえば技術者である創業社長「本田宗一郎」氏が看板です。日本人の起業家でこの人並に
有名なのは「松下幸之助」氏くらいじゃないでしょうか?常に自ら現場に入り、油まみれになりな
がら改良を重ね、マン島レース、F1と2輪、4輪とも世界の頂点にまでの仕上げた、破天荒な人
物として知られ、多くの人に愛されてます。
でも「大企業の社長が常に自ら現場に入って大丈夫か?」って疑問が生じますが、そこは大丈夫。
ホンダの「社長」は本田宗一郎ですが、「経営者」は別にいます。それが「稀代の策士」と謳われ、
ホンダのもう一人の社長と呼ばれた藤沢武夫です。宗一郎をたてて、常にマスコミからは身を隠して
来た人物ですが、彼の存在と10年、20年先を見越してたてた計画と組織作り無くしては、我々の
知る「世界のホンダ」、「ホンダスピリット」は存在しえなかったことでしょう。
ASIMOで注目されている本田技術研究所も本田宗一郎という天才が居なくなっても、会社が
存続するために何が必要か。また、研究者が研究者として、自らを曲げることなく最後まで会社で
やって行くにはどのような組織が必要かを考え抜いた末に、多くの障害を乗り越えて設立した組織です。
「白鶴高く翔びて群を追わず」を好きな言葉としてあげ、沈思黙考、ホンダの危機以外は、宗一郎の
裏方、影の演出家として、引退の花道作りまで行いました。
技術の本田宗一郎、経営の藤沢武夫、二人の運命的な出会いと、希有な信頼関係、常に「世界一」を
めざす壮大な夢の共有は、ドラマチックかつロマンチック。世のホンダファンのみならず、多くの人に
ぜひ知っていてもらいたい人物です。
参考文献
(1)経営に終わりはない 藤沢武夫著 文春文庫
藤沢自身が自らの経験や判断について語った本。基本的にはこの本だけ読めばOK。
会社の看板たる本田宗一郎と、経営責任を一手に引き受ける藤沢の役割分担がいかに
徹底的に行われていたかがわかる。「万物流転」の法則から逃れるべく、常に数十年先
を見越して計画を立て、自分と宗一郎の夢を生き延びさせ、成長させていく「稀代の策
士」ぶりが存分に楽しめる。
会社倒産の危機の中、ヨーロッパ視察に送り出されて帰ってきた本田が、会社は大丈夫と聞かされて
号泣した後、「俺、これ拾ってきたよ・・。」と当時日本に無かった「+ネジ」をポケットから取り
出して藤沢に見せるシーンや、両者が引退を決めるシーンとかは、ぜひ映像で見てみたいですね。
(2)ホンダ超発想経営 崎谷哲夫著 ダイヤモンド社
藤沢がマスコミを前に初めて自らの経営論を語った本。当然、「経営に〜」との重複
も多いが、藤沢が黙して語らなかった「ユーザーユニオン」への憤りや、若手技術者の
意見を汲み上げる努力を怠ったため、カローラの登場で爆発的に拡大した自動車産業
隆盛の波に乗り遅れたことへの反省などは貴重かつ興味深い。昭和29年の危機を突発
的不幸ではなく、藤沢の無茶な資金繰り方法から来た必然事項と捉えていることは、ホ
ンダを考える際に重要な視点と思う。
(3)ホンダの原点 山本治著 自動車産業研究所
(1)の他にどれか1冊読むならこの本がお薦め。藤沢武夫の幼少時代や家庭環境、
特にいろいろな事業を志しながらも最終的には成功者に成れなかった父「秀四郎」に
付いての記述が貴重。ホンダの後継者らのインタビューも多く、星座がこれだから、
こんな性格とかいう間抜けな記述さえなければ、かなりしっかりした内容の本。
本田宗一郎が皆から「おやじ」とある種呼び捨てにされているのに対し、藤沢は
「おじ上」と、ちょっと丁寧語入ってるところが、彼のキャラクターや社内でのポジションを連想
させてくれますね。(^^;
(4)鬼才と奇才−本田宗一郎・藤沢武夫物語 小堺昭三著 日本実業出版
本田と藤沢の出会いから引退までを、どちらにも偏ることなく描いているのが特徴。
強烈な個性を持つ人間同士がお互いを認めあい、同じ夢に向かって突き進む姿を共感を
込めて描いている。ユーザーユニオン事件、空冷水冷論争、CVCC開発といった内容も、
宗一郎をきちんと描くことで、かなりわかりやすくなっている。藤沢をえがくと、どうし
ても宗一郎が藤沢の手のひらで踊ってる「単純な人物」になってしまうきらいがあるが、
そう書いていないところがこの本の良さと思う。
(5)本田宗一郎と藤沢武夫に学んだこと 西田通弘著 PHP文庫
本田は社長は宗一郎系の技術者が、副社長は藤沢系の事務屋がサポートする体制が基本。
著者は、川島喜八郎と共に藤沢がみずからの後継者と見込んでバトンを引き渡した人物。
古参役員の勇退や、人事、総務、経理の刷新など、かつては藤沢一人で行ってきた社内の
「重要だが汚れ仕事」をまかされた点にも藤沢の彼への信頼が伺える。藤沢の引退の意
志を本田に伝える役目を託された人物でもある。
近くにいた人ならではの体温を感じるエピソードを期待していたのだが、理詰めでシステマティックな
文体のせいもあって、最初はそれほど面白く感じなかったが、何度か読み直すと二人への敬愛の念が
じんわりと、しかも確実に伝わってくる、なかなかの作品です。再読、再々読をお薦めします〜。
(6)マン・マシンの昭和伝説 前間孝則著 講談社文庫
戦前から戦時中にかけて、世界水準にあった日本の航空産業を支えた技術者らが、航空機
の製造が禁止された戦後、いかにして自動車産業を隆盛にまで導いたかを、日産、スバル、
トヨタ、ホンダを代表する技術者らを通して描いた労作。
ホンダ代表として描かれる中村氏はF1チームの代表として、宗一郎の空冷至上主義路線
と正面から対立した人物であり、ホンダのレース史上最大の悲劇「ジョー・シュレーサー
の事故死」を克明に描いている。この本を読むと、空冷から水冷への切り替えに到る宗一郎と若手の対立
の激しさが肌で感じられる。ホンダだけでなく、多くの魅力ある人物と、エピソードを取り上げており
著者の作品の中でも、ピカイチに面白いので、車好きはぜひ読んでおくように。プロジェクトXでの元ネ
タとして何度も使われてるくらいですから。なお、おいらのような車好きじゃない人も、充分楽しめます。
(7)本田宗一郎との100時間−燃えるだけ燃えよ 城山三郎著 講談社文庫
引退後の宗一郎への密着取材とインタビューからなる本。まぁ、よくある本田宗一郎
本の一つだが、奥さんの「さち」さんへのインタビューと、かつての弟子で独立して
オートバイメーカー(丸正自動車)の社長となった「伊藤正」氏のインタビューが異色。
藤沢については「もう一人のパートナー」と1章を設けて記述している。
伊藤氏の「ホンダが苦しいとき、どうしたか。どういう方法で何をやったかということ、
全部調べさせた。藤沢さんには頭が下がったな。たいしたひとだ。おれには性格的出来ないことも・・。」
という話に、29年の危機時に、支払いの一時棚上げと、発注の削減という下請け企業に相当過酷な
条件を呑ませたことが、周りから見ても「酷いことするなぁ。」と感じさせていたことがわかる。
また、代表者印を藤沢に預けたままで、自らは重役会議にも出席しないっていう本田宗一郎の藤沢に
寄せる信頼の徹底ぶりも凄い。この本でも、ホント悪く言ってないですね。
(8)本田をつくったもう一人の創業者 大河滋著 マネジメント社
元ホンダのバリバリの営業マンだった著者が、退社後、経営コンサルタントになってみて、
初めて実感した経営者としての藤沢武夫の業績について記した、もっとも新しい藤沢本。
(5)の著者の西田氏らのように一緒に仕事をした世代ではないので、ちと距離感も感じるが、
藤沢が造りあげた企業風土とシステムの中で、不満も持ちながらバリバリ働いていた著者が、
自らの手で起業してみて、その偉大さを実感として捉えている点が良いところ。
藤沢の葬儀にさいして宗一郎氏や久米社長らの示した、藤沢への愛情と敬意が胸を打つ。
(9)燃えるホンダ技術屋集団 碇義朗著 ダイヤモンド社
藤沢が万物流転の法則から逃れるため、「天才」本田宗一郎の代わりとなる100人の「小」
宗一郎が活躍できる場として造りあげた「技術研究所」の誕生とその成果を、初代から3代
目までのシビック開発を通して描く。「燃えるだけ〜」とほぼ同時期に書かれた作品だが、
宗一郎、藤沢らに直接触れた最後の世代の青春群像として描かれている点が特色。最後の空
冷エンジン車「ホンダ1300」に賭けた宗一郎の情熱の凄まじさに(方向としては間違ってい
たにせよ)圧倒される。空冷で低騒音、高性能を確保するため、エンジンブロックは二重構造、オイル循
環システムはポルシェやフェラーリしかやってないドライサンプ!(湾岸ミットナイトの城島さん、日本
にもドライサンプ車ありましたよ)排気量はカローラクラスの大衆車風だが中身はスパースポーツカー。
これじゃぁ、売れば売るだけ赤字が出るはずだよ。(^^;
しかし、この時の宗一郎と若手技術者の技術上の対立と苦闘が後のホンダの大きな財産になったことも良く
わかり、空冷エンジン開発に嫌気がさして2ヶ月もの無断欠勤を行った、久米氏、川本氏が(8)の本では3代
目と4代目の社長として登場するのがなんだか微笑ましい。(社内では宗一郎に対し、技術論で最後まで
争った久米のガッツというか男気が高く評価されており、次は久米だろという雰囲気があったとのこと。
次期社長を決めたのは宗一郎じゃなくて河島ですから、ここはそれが可能な社風を作った河島元社長を誉め
るべきかな。)
(10)本田宗一郎 男の幸福論 梶原一明著 PHP研究所
宗一郎人生と語録の説明と通じて、著者の考える幸福な人生論を展開する型の宗一郎本。
でも、そんな部分はどうでも良くて、末尾に付録の形で載せてある昭和34年の社内報から
転載された、座談会が非常〜に面白い。田舎の幼友達、宗一郎の師に当たる奉公先(アート
商会)の旦那、販売会社や下請け企業の社長が登場し、藤沢、本田弁二郎、河島ら、本田
創業時の主力メンバーらと、ざっくばらんな会話を繰り広げる。
当事者ばかりなので、伝説色の排除された会話が楽しい。宗一郎が部品メーカーと一緒になってやった
技術的業績(Vプーリ等)、浜松では「キチガイ扱い」されもてあまされていたこと、藤沢が商品を送っ
ても金を払わない販売店をすべて排除する気だったことや、月400万円しか売り上げがない昭和24年に、
生産と販売を軌道に乗せて月商5億の計画を本田と語り合っていたなど、重要な話もある。(ちなみに、
34年時は月商10億!)また、実弟である弁二郎氏の貢献の大きさが伺えるのも貴重で、やはり原資料って
大事だなぁと思いましたわ。座談会での藤沢は厳しい突っ込みが光ってます。(^^)
(11)HONDA商法 三鬼陽之助著 カッパビジネス
経済雑誌「財界」の創刊者で経済ジャーナリストの重鎮である著者が、脂ののりきっていた
時期に、同じく大躍進を遂げていたホンダを他の大企業の実例と比較して取り上げた、最も
初期のホンダ本の一つ。もちろん宗一郎氏も藤沢も現役。引退後に書かれた本に登場する、
和服の大人姿と異なり「社長の座を狙っている」と書き立てられていた時期の蓬髪、背広姿の
藤沢の写真が珍しい。いかにもパワフルな印象を与える写真で、本人は引退に向けて「大部屋
役員制度」の確立と、役員達への権力委譲を進めていたにもかかわらず、周りからホンダとの不仲説を書き
立てられていたのも、わかる気がする。実例が多く、後のホンダ本の元ネタも多く含まれる好著。
(7)の本で、「トヨタや日産なら7000冊は買ってくれるところを、ホンダは7冊だけだったよ。」と苦笑と
共に語られた本はたぶんこの本でしょうね。
(12)社史−創立七周年記念特集− 本田技術工業株式会社
ホンダ創立7周年(昭和30年)に発行された社史。従業員数2494人ながら日本で2番目
の自動二輪製造会社でありながら、前年の危機を全社一丸となって乗り切った自信もあり、
遠からず世界一になると言い切っている、かな〜り熱い社史。ホンダ7年の歩み、社長
(宗一郎)言行録、専務(藤沢)言行録から成る。社長と専務の言行録の分量は同じだから、
これだけ見ても藤沢の占める大きさがわかる。ちなみに役員の写真も、藤沢だけ宗一郎と
同じページに同じ大きさで載ってる。
言行録の内容は「専務がまた社長の話を真似をしてる。」と悪口を言われていたというだけあって、二
人の話す内容はほとんど同じ。まぁ、宗一郎談話の中には、明らかに藤沢の手によるっぽいもの(現代
芸術の話とか)もあるが、社長言行録がかなり整理された公式談話であるのに対し、専務言行録はもっと
フランクに、エッセイっぽく書いており、意図的に使い分けているのかなぁとも思う。当時吹き荒れて
いたデフレの嵐の凄まじさを感じることもでき、宗一郎の理想と藤沢の苦闘が体温として伝わってくる
好著。やっぱ原資料って良いよなぁ。
今読むと非常に面白いが、入社直後の社員に読ますにはちと生々しすぎないかぁ。(^^;
(13)流行の度胸 藤沢武夫著 本田技術工業株式会社
上記社史と一緒に発行された、藤沢のエッセイ集。この本を通して経営幹部のフランクな
人柄に触れて欲しいとの意図で発行されたようだが、単なる藤沢の趣味としては変ですし、
このような本を出さねばならないほど社内に藤沢の敵が多かったと言うことなのでしょうか?
この辺、ちと謎ですな。経営的な話はあまり無く、のんびりした雰囲気のエッセイが多い。
宗一郎は、行商の薬屋に騙されて怪しげな精力剤を購入し、一日寝込んじゃう役で登場。(笑)
大映とのタイアップ映画への入れ込み度合いに、映画興行を行っていた父「秀四郎」の影響を感じたり、
将来へのステップボードとなった大失敗作「ジュノー号」とディーラーの話など、藤沢ファンにとっては
なかなか楽しめる作品。表紙は藤沢の奥さんが描いたとのこと。この本は他の文献で取り上げられている
のを見たことがないので、かなりのレアアイテムじゃないかな。
(14)隗より始めよ 西田通弘著 PHP文庫
(5)の本の著者である西田氏による「体験的・ホンダの人間学」という副題の付いた本。
出版はこちらが先で、(5)が回想録的とすると、こっちはもっと一般的構成のビジネス指南
書。発売当時は結構売れたらしい。藤沢ネタに特化した記載はあまり無いが、昭和29年の
危機時に、自分と宗一郎だけでなく、創業以来の役員らが所有する全株式を借入金のカタと
して三菱銀行に差し出そうとした覚悟が語られる。
29年の危機は藤沢の活躍のみが語られることが多いが、多く読んでいくと、宗一郎の行動にも頭が下がる。
会社が潰れても本田宗一郎を傷つけないために、藤沢によってヨーロッパに視察旅行に出された宗一郎が、
ホンダが潰れる夢にうなされる情況の中で、彼我の技術の差を目の当たりにしながら、よくも最新の技術
を頭に入れ、外貨限度一杯まで部品を買い込むことができたと感心する。会社潰れたらそれも無駄に終わっ
てしまうだろうに、藤沢に寄せる信頼と、技術者としての自己の使命を認識する能力が、その努めを最大
限に果させたのであろうが、誰にでも出来ることではない。
帰国した空港で藤沢から「ホンダは大丈夫だ。」と告げられ号泣する姿に、藤沢を含む多くの人に愛され
尊敬された宗一郎の繊細さを内包する強い意志が伺える。
(15)わが友 本田宗一郎 井深大著 文春文庫
SONYの創業者にして、宗一郎と並び称される、戦後を代表する企業を造りあげた
著者による宗一郎回顧録。かなり異なる性格でありながら、お互いを深いところで認め
あっていた間柄ならではの視点で、宗一郎の細やかな心遣いを語る好著。
亡くなる二日ほど前の真夜中に、奥さんに「自分を背負って病室の中を歩いてくれ」と
いい、最後は「満足だった」という言葉を残して、あの世に旅立ったことを、さち夫人
から聞かされ、「これが本田宗一郎という人の本質であったか」と、とめどなく涙を流した井深氏は、
表紙に宗一郎の絵を配し、二人が胸に抱いてきた理想と信念を訥々と語っている。
(16)私の手が語る 本田宗一郎著 講談社文庫
宗一郎によるエッセイ集。冒頭に仕事をする右手の補助として、叩かれ、突かれ、切られ、
爪も何度もはがした傷だらけの左手の絵とその時のエピソードが記載されている。この傷
だらけの左手が、自分のやってきたことを全て知っており語ってもくれてもいると、誇り
と自信を持って語った直後、いきなり「また、私にはこの手より何より大切な存在がある。
二人三脚の経営者として、苦楽をともにしてきたホンダの元副社長・藤沢武夫である。藤
沢がいなければ、今の私はない。骨張った自分の手を見るたびに、そういうことが思われる」と続く。
他人から見ると話題の飛躍に唐突さを感じる箇所だが、宗一郎にしてみれば、自分が右手としてやりたい
ことをやってこれたのは、支えてくれた左手(=藤沢)があってこそと本心から思っており、何ら違和感
はないのだろう。宗一郎のインタビューを多く読むと、必要以上と言って良いほど(実際インタビュアー
は藤沢については何も聞いていないにも関わらず)、藤沢のすばらしさと彼への感謝をことあるごとに語っ
ていることに気付きますね。エッセイ集としても、アート商会の華族の先輩が志波男爵の息子であることや、
源頼朝の成功の影に彼のブレーンであり「幕府」というシステムを考えついた大江広元の功績に着目するな
ど、宗一郎視点を知る上で役に立つ内容を多く含んでます。
(17)技術と格闘した男−本田宗一郎 NHK取材班著 NHK出版
NHKスペシャル「我が友−本田宗一郎〜井深大が語る“技術と格闘した男”」が元になって
おり、映像資料と当事者達へのインタビューが豊富な、孫引きの少ない良書。久米三代目社長
の空冷水冷論争時の話や、さち婦人、宗一郎の妹への貴重なインタビューの他、末尾にA型自
転車用補助エンジン、ドリームE型、スーパーカブ、H1300、シビックといったホンダの
歴史を飾る製品の、写真とエピソードが列記されており、アメリカでのスパーカブ大ヒットの
引き金となった「Nicest People on a
Honda.」 のポスターも掲載されている。カブで「犬を運ぶ人
(なぜ落ちない?)」「子供を後ろ向きに乗せてる人(すげぇ危ない)」「小脇にサーフボードを抱えて
運転する人(いくらなんでもそりゃ無理だろ!)」ら9人のイラストが掲載されているものだが、どう見ても
Nicest Peopleとは思えない内容が凄い。製品が素晴らしかったとはいえ、このポスターを受け入れちゃう
アメリカ人って・・。(^^;
(18)本田宗一郎の人の心を買う術 城山三郎、河島喜好他著 プレジデント社
2代目社長河島喜好、同副社長西田通弘ら後継者たち、城山三郎等宗一郎本の著者、息子の本田
博俊らによる、これまでに取り上げた中で最高の質と内容を有す宗一郎本。引退後の宗一郎への
インタビューも多く含む。特に社歴で言えば藤沢の先輩に当たる河島は社長引退後、表だって発
言することが非常に少ないため、超〜貴重。設計主任、のちには経営者として実際の舵取りを務
めただけあって、落ち着いた発言の中にも、鋭さと格闘の歴史を感じさせる。
藤沢関連では「29年危機」のどん底時に、藤沢が「あんたには、人を引きつける魅力“華”がある。会社が
駄目になったら、あんた教祖にした新興宗教をやろう。裏方は、全部あたしが引き受ける。」ともちかけ、宗
一郎も乗り気になるというエピソードがある。いくらなんでもそりゃ無いだろと思ったが、「私の手が語る」
にもこの会話は取り上げられており、まんざらウソでもないようだ。藤沢の下請けに対するごり押しの懇願で
何とか乗り切ったものの、戦後の混乱期を「死んでもヤミ屋だけはやらない。一緒に本道を歩こう。」と
誓い合った二人も、こんな話に夢を託さねばならないほど追いつめられていたということか。
河島に譲る前に藤沢を一度は社長にしてやりたいと宗一郎が考えていたと言うことや、「勲一等を貰えるのも
六本木(藤沢)のおかげかもしれねえな。でも、六本木だけじゃないな、すぐ思い浮かべたのは六本木の顔だが、
続いて従業員や関連会社のオヤジの顔も思い出した。こりゃみんなで貰ったものだ、とジーンとした。」など、
人の気持ちを真剣にくみ取り続けた、宗一郎らしいエピソードを多く含む。宗一郎本の中では迷わずこれをお
薦めしますね。
(19)吾輩は猫である 夏目漱石著 新潮文庫他
夏目漱石のデビュー作にして明治期を代表するユーモア小説。久々に読み返すと凄く面白く、
この本は高校生以上、出来れば働き出してから読んだ方が楽しめると改めて思った。主人で
ある苦沙弥先生の弟子で理学士の水島寒月君が、日露戦争の沸き立つような混乱の最中に、
大学の研究室に籠もって、何時終わるとも知れない研究に打ち込んでいる姿を読んだ藤沢が、
「研究者が定年まで誇りを持って、働くことの出来る組織作り」の必要性を認識し、本社
とは別組織の本田技術研究所設立の由来となった事は有名。作品中でも言及されているものの、全く戦時
色を感じないこの呑気な作品を読んで、上記のような発想に到るというのは普通じゃないというより、そー
とう変。大体寒月君、研究途中で止めちゃうし・・。本来、理系じゃない藤沢が、製造会社経営者としての
百年の計として、技術者が誇りを持てる生き方について常に考えていたと言うことでしょうかね。
なお、寺田寅彦をモデルにしたとされている寒月君は、寺田寅彦の随筆集や伝記、理研の歴史などを押さえ
てから読み直すと、本人は否定するものの、もうモロ寺田寅彦。高知出身で、なぜか漱石(苦沙弥先生)に
なついている理学士で、しばらく合わないと思ったら田舎でいきなり結婚して帰ってきたりと、まんまやーん。
障子のしわを指して「あの表面は超絶的曲線で到底普通のファンクションではあらわせないです。」という、
いかにも理系チックな台詞も笑えるが、この内容を漱石が理解していたことを思うと、ちょっと凄いなと思う。
(20)藤沢武夫の研究−本田宗一郎を支えた名補佐役の研究 山本裕輔著 かのう書店
今となっては、ちょっと手に入りにくい藤沢本。著者自身が藤沢と面識が無いという大きな
欠点を持つため、前半部の80%近くは他の本からの引き写しで、特に「ホンダの原点」からの
引用が多い。しかし、第7章“人生の達人“だけは他の本で書かれることの無い、引退後の藤
沢の日常生活、映画監督「村野鐵太郎」との交流、心筋梗塞で急逝する当日の様子が、家族ら
の証言を元に描かれており、貴重。
(21)豊臣秀長−ある補佐役の生涯 堺屋太一著 文春文庫
藤沢が昭和期でもっとも著名なNo.2ですが、日本史上最高のNo.2となると兄「秀吉」の
全力疾走を支え続け、ついには、天下人にまで押し上げた弟「豊臣秀長」といって良いで
しょう。裏方仕事だけでなく、豊臣軍団における卓抜した武将、有能な行政官、戦国期に
おける信頼できる調停者としての彼の業績を知らしめたのがこの本。No.2を補佐役と呼ぶ
のもこの本以降です。日本史上最高のサクセスストーリーを、世知に長けた常識人である
秀長の視点で描くため、テンポが良く、感情移入のしやすい作品。個人的には著者の作品中一番好き。秀
吉ものの中でも上位にランクされる作品と思いますわ。
(22)器に非ず 清水一行著 光文社文庫
本田と藤沢の“美しい引退”の美談には裏があるのではないかと、15年間調査し続けた著
者が、引退の前年藤沢が三菱銀行から個人資産(60億円)を引き出したという情報を核に
描いた「アンチ藤沢小説」。天真爛漫で大器量の天才技術者と組んだ、人物としての格の
落ちるブローカー上がりの男が、経営の不手際から、何度も会社を窮地に立たせながらも、
何とか会社は大企業に成長し、最後に社長の椅子を目指して策略を張り巡らすが、相方の大
器量の前に敗れ去るという内容。藤沢が主人公である小説というのは、この本のみだろう。鈴鹿工場建設、
研究所設立もすべて自らが社長になるための策略として書かれているなど、徹底して藤沢を小物として描
いており、ここまでやるとある意味凄い・・。藤沢の使いっ走りの超小物として「塊より〜」の西田氏と
思われるキャラも登場。(^^;
個人的には29年危機が藤沢の楽観的で町工場的な経営内容にあったというのは同感だが、社長の座を狙っ
ていたことに関しては“なぜ社長になりたかったのか”、“解約した60億円もの金はどこへ行ったのか“
への言及が無く、「ここまでやったのだから社長になりたいと思うのが当然」という前提に立っている
だけなので、薄っぺらい感が強いのは否めない。しかし「こういう見方もあるよな。」という意味では、
すごく貴重。結核を病んだ恋女房に良い所を見せようと奮闘するなど、小市民ではあるがロマンチスト
として描かれているところなど読んでいて楽しい。藤沢ものとしては、外してはならない1冊。
(24)本田宗一郎伝−飛行機よりも速い車を作りたかった男 毛利甚八作、ひきの真二画 小学館
藤沢が登場する貴重な漫画作品。原作者、漫画家共にそれなりにちゃんとした人を使ってい
るので、この手の漫画にしては出来が良い方。(ひきのさん、今だともっと絵が上手いけど)
キャラが4頭身なのが読み始めは気になるが、慣れるとそうでもない。本田、藤沢、河島、中
村、久米などはそれなりに似せて描いていますしね。藤沢は「経営に〜」や宗一郎の本をベース
にしてるので、先見性をもち、社長と同格の大物副社長として活躍。全9章中、ほぼ2章分に
主人公格で登場します。ドリームE型の箱根越えを、わざと史実と変えて描いているが、こだわった割にはあ
まり意味が無い気も・・。ホンダの通史としてもわかりやすく、導入には良い本です。あと、宗一郎の奥さん
「さち」さんが、かわいくていい感じです。(^^)
(25)得手に帆あげて−本田宗一郎の人生哲学 本田宗一郎著 三笠書房
藤沢は「友情の力は水と油さえ一つにする!」の項目で「私の一番親しい友」として登場。
というか「自分に無いものを持ち、お互いに信頼し尊敬しあう相手」と“友”を規定して
規定しているので、当然藤沢が出てくる。これだけだとSONYの井深氏でも良いが“意見
の衝突や見解の対立があっっても、それは理解を深めるための努力だ”とも記されており、
最初から藤沢を念頭において書