杉山茂丸(すぎやま しげまる)

1864(元治元)..〜1935(昭和10).7.19

 

 

注目理由

幕末に坂本龍馬が果たしたような役割(一民間人でありながら政府中枢と結びつき、国事に奔走)を

明治から大正にかけて担った人物。もっとも龍馬がいろは丸沈没の始末時に紀州藩を脅して大金を

巻き上げた様な『怪しい』働きも多々あり、色んな意味で坂本龍馬に一番良く似た人物だと思う。

一般的には玄洋社系の右翼と捉えられているが、本人も玄洋社のトップである頭山満も「違う」と

言い切ってますし、使い古された言葉ではありますが『政界の黒幕』としか言えない人物。

また、夢野久作の父にして杉山龍丸氏の祖父である。

 

その思想は表にあまり出すことがないのでわかりにくいが、鶴見俊輔氏の説が興味深いので引用させ

ていただく。(三一書房版 夢野久作全集3より)

『・・杉山茂丸という人物は、日本の民族が、日本人全体が一種の脳髄になって「骸骨の黒穂

(久作の作品名)」みたいなそういうふうな象徴を媒介としてお互いに感応しあって、要するに活力

を高めあって一緒にものすごい事業をしたらどうなるかって言う、そう言う賭をやってみたかったん

じゃないですか。(中略)そのためにはいまの固定した社会秩序というのはダメなんで、徹底的に

かくはんしてやっていきたいという考えがあったんじゃないかな。・・・」

 

 まぁ、まだまだおいらでは掴みきれない人物ではあります。

 

参考文献

(1)夢野久作全集−11 夢野久作 ちくま文庫 

茂丸についての著「父、杉山茂丸」「父、杉山茂丸を語る」「近世怪人伝」を収録。

父の背中に乗せてもらって海に入るというごく普通の経験にさえ、力強さと尊敬を

感じずにはいられない久作の姿が、彼の淋しい幼年時代を強く印象付ける。

また、近世怪人伝は「杉山茂丸」や「頭山満」といった著名人より、「奈良原到」や

「篠崎仁三郎」といったマイナー人物について書いた作品のほうがはるかに面白く、

話さずには居られないから書く』といった久作らしさが出ている。

特に最後の黒田武士、奈良原到は最高に面白い。久作の親友「奈良原牛之介」の父というのを抜き

にしても、狂乱の明治期を自らの信念を曲げることなく生き抜いた、この硬骨の老人に向けられた

暖かな尊敬のまなざしが心地よい。奈良原翁の言う「キリストは豪い奴じゃのう。(中略)日本に

生まれても高山彦九郎ぐらいのネウチはある男じゃ。」つー意見は『その信念を曲げることなく生き

たかどうか。』だけが男に対する評価基準である所がイカス。ちなみに、本人はかなり誉めてる

つもりらしい。(^^)

この本で最大の長編「梅津只圓翁伝」は新田次郎の「芙蓉の人」でしられる野中千代子のお父さん

の評伝。この人にして、この娘&娘婿(野中到)ありって感じで、とても良いです。

 

(2)夢野久作の世界 西原和海 沖積社 (→ 杉山龍丸

杉山家の後継者である杉山龍丸氏による『杉山茂丸の生涯』が掲載されている。

茂丸が好き放題した後始末を、バカにされながらも誠実に黙々とこなす父泰道(夢野

久作)を見て育った龍丸氏にしてみれば、茂丸は『業績の大きさは認めるが、家族に

すら本心を見せずに亡くなった哀れなくそじじい』らしい。茂丸の息子に対する扱い

はよっぽど酷かったようで、本当に怒ってますね〜。文中にある『家族との交流を

求めながらも、使命故にそれを切り捨てねばならなかった云々』は、茂丸に託して自分の家族への

思いを語ったのかも知れません。

 

(3)日本策士伝 小島直記 中公文庫

これまであまり語られることの無かった、日本最初の大資本家(つーか成金)である

「北九州の炭鉱長者たち」が日本の歴史に及ぼした影響について列伝の形で述べた本。

茂丸のアイデアで始まった石炭輸出が、日本における資本主義隆盛と大陸進出政策に

非常に大きな役割を果たしていたことが分かる。また従来誤った形で伝えられてきて

いた茂丸と「玄洋社」や「黒龍会」との関係を理解する際に大いに役立つ本。

歴史に残る大経営者「J.P.モルガン」とわたりあって一歩も引かないどころか、イニシアチブを

とって交渉を進める茂丸の話術と胆力が楽しい。(^^)

 

(4)明治の人物誌 星新一 新潮文庫 (→ 星一 )

学生時代からの親友に紹介された縁で、星一は生涯茂丸に私淑しており、茂丸と頭山

満の交流50周年祝賀会も星の企画による。茂丸の紹介により、星一は明治の有力者達

の知遇を得、人生を幅のある物としている。茂丸を敬愛する父を見て育ち、実際に会っ

た経験を持つ新一氏を持ってしても、茂丸の全体像を捉えるには到っていないが、茂

丸のスケールの大きさを伺い知るには良い本だと思う。この本は『星一を巡る人々』

 で有ると同時に『杉山茂丸を巡る人々』と読むこともでき、特に後藤猛太郎との同居生活は最高に

面白いぞぉ!!(^^)

 

(5)児玉大将伝 杉山茂丸 中公文庫

茂丸にとっても人生最大の大勝負であった日露戦争。ロシアの極東征服の野望から

日本を守るため、その開戦から戦後処理までをそれぞれの分野で死力を尽くした同志

が『児玉源太郎』。日露戦争は大山巌と東郷平八郎のおかげで勝てたように喧伝され

ているが実際の戦争指導者は児玉源太郎と見て良い。これは日露の戦費募集が高橋是

清と金子堅太郎の功績とされており、茂丸のことは知られていないのと同じである。

まぁ、本人達はやることやってほぼ目的を果たしたから、それで満足してるのだろうが・・。

児玉は基本的に他人を自己の目的を達成するための道具としか考えない茂丸が、心の深い所で信用

していたと思われる数少ない人物であり、彼しか知らない日露戦争秘話もたくさんあると思うが、

その種の秘話は全くないのでちとガッカリ。まぁ、趣旨が子供向けだからしゃーないか。話術の巧

みさは文体からも伺えるから、良しとしよう。

 

(6)夢野一族−杉山家3代の軌跡 多田茂治著 三一書房 

夢野一族こと杉山家を語るには杉山茂丸について十分に押さえる必要があると、しっ

かり認識して書かれているので、この本の1/3以上は茂丸の記録。茂丸の著作や

龍丸氏の『杉山茂丸の生涯』を元に校正を入れてくれており、現状もっとも利便性

良い杉山茂丸の本と思う。

 

 

(10)百魔(下) 杉山茂丸 講談社学術文庫 

龍造寺隆邦」の章は、幼少時に商家に養子に出されたため事業熱に取り憑かれ、

直情的な性格も相まって、能力がありながらも、それを存分に活かすことが出来ず

若くして亡くなった弟へのオマージュ

「結城虎五郎」は頭山、茂丸と共に活躍した人物。金銭感覚と処理能力に優れた果

断な性格で、後の二人に欠けている部分を上手く補い、玄洋社等の活動を支えた。

共に「断指の誓い」を立てた三人の写真は「夢野久作の日記」に掲載されている。基本的に他人を

見下している茂丸も結城は別格(というか自分と同格)と見なしており、結城の借金のために実弟

の駒夫を勝手に林家に養子に出すほどである。このことで父に厳しい叱責を受け、金属製のキセル

で殴られて頭を割られたりしてるが、そら、怒るって。(←これはおいらの誤認っぽい。ごめん)

 

(13)夢野久作の日記 杉山龍丸 葦書房 

多くの人の要望を受け、久作(杉山泰道)の全体像を押さえるカギとなる資料として

日記だけでなく彼のスケッチや絵画、書などの作品を含めてある。杉山家資料の中に

茂丸の写真も多数掲載。高血圧による眼底出血後久作との距離が縮まり、息子の生き

方や考え方を知ることで、表だって云うことは出来ないが彼を事実上の真の後継者

して認めた暖かい交流が伺える。それまで専制君主とも云うべき父の事後処理を、久作

が家族が呆れるほどの誠意を持って押し進めることが出来たのも、この最初で最後の親子の交流が根

底にあったのだろう。

 

(14)筑前玄洋社 頭山統一 葦書房 

頭山満の孫、5.15事件の頭山秀三の息子である著者が、玄洋社直系として、語ら

れることの無かった玄洋社の秘史を語った著作。これまで病死とされていた箱田の死

が自決であったことが初めて明かされていることで知られる。熱いがロジカルで理路整

然とした語り口で、ぐいぐい読ませる好著。当然、頭山満贔屓ではあるが、傍目には

その場の雰囲気に流されて、何も考えていないようにすら見える頭山満の背景に、明確

な「指針」があるとしており、それが説得力を持った語り口で提示される。事実かどうかはさておき、

あのわかりにくい頭山満の背景をここまで読みとった点は、直系だからというだけでは到底無理で、

この推察に費やした凄まじい時間と労力を思うと、その凄絶さに敬意を表さずにいられない。個人的

には、悪名高い「選挙干渉事件」と、箱田の死につながる、紫瞑会、佐々友房との交流の背景描写が

興味深かった。玄洋社に興味のある方は必読。これだけの知性と覚悟を持つ著者が最後には自殺され

たことを思うと、非常に切ない。

 

(15) 俗戦国策 杉山茂丸 大日本雄辨会講談社 

ようやく手に入れた百魔と並ぶ茂丸の主要著書。連載の関係か同じような主張の繰り

返しが多いが、その点を除けば茂丸の政界及び軍界、経済界での暗躍ぶりが、ある程度

赤裸々に語られており、個人的には百魔より面白かった。(つまり、そーとう面白い)

伊藤博文や山縣など幕末に死生の境をくぐってきた人物達について、欠点だけではなく

その背景にある覚悟や人間としての大きさが語られており、興味深い。特に伊藤博文

の、何度も教えたり教えられたり、命をねらったり救ったりする関係がイカス。伊藤の過去の確執に

拘泥せず、自らに非があることを知れば、素直に受け入れる姿は特筆もの。また歴史的には余り良く

語られることのない、星亨、佐々友房との交流と彼らから示された行為と温情に茂丸が報いる過程は

必読。この本で児玉源太郎の茂丸からの電報を握って笑ったままの死が語られているが、他の人物と

比較しても茂丸にとって児玉大将はやはり特別な存在なのだなぁと感じる。それとなく似ている挿絵も

個人的には好き。すご〜く面白いので、どこか復刻してくれませんかねぇ。

 

(16) こだま(記念号) 児玉神社社務所 

児玉源太郎の死後、大将の威徳を忍び、神として祀るべきだと信じる茂丸が建てたのが

児玉神社。茂丸の生前ですら、借金のカタに神社が差し押さえられたりしてますが、茂

丸の死後も火災があったり、祭祀の継承が行われなかったりして荒れ果てていたそうです。

本著は縁あって、江ノ島の児玉神社の宮司になり、20年以上に及ぶ悪戦苦闘を経て、

復興の軌道に乗せつつある、女性の宮司さん(山本白鳥宮司)による、児玉神社復興の

記録。児玉大将生誕150年記念に編まれた。本年は日露戦争100年にあたり、大祭が予定されて

いるとのこと。

 

(17) 杉山茂丸−明治大陸政策の源流 一又正雄 原書房 

国際経済の研究者による茂丸研究の遺稿。著者の茂丸に対する思い入れの光る名著。

遺稿をまとめた友人と、このマニアックな本の出版を引き受けた出版社の心意気がイ

カス。「俗戦国策」を主とした記載だが、同じ事件に対し、茂丸の見解(手柄話)と、

それと対立する政党人視点として「原敬日記」が常に引用されているところが上手い。

研究書としては、思い入れが強い為か若干公平性を欠く嫌いがなきにしもあらずですが、

茂丸の政治活動の軌跡を押さえるには非常によい本。ネット古書だとたまに見つかるので、見つけ

たらゲットしておきましょう。

 

(18) 山座円次郎伝−明治時代における大陸政策の実行者 一又正雄 原書房 

ガン闘病中であった著者が「杉山茂丸」の前に出した、玄洋社の系譜に連なる異色

の外交官山座円次郎の研究書。どちらかといえば茂丸研究の派生書といった内容。

日清、日露(特に日露戦争前後)の外交に、小村寿太郎と共に尽力し、将来を期待さ

れながら、北京にて急逝した。内容は「杉山茂丸」とかなりの部分が重複するが、

田弘毅関連の書にはかなりでてくるとはいえ、山座個人に関する書物は少ないので

貴重。山座家からでたという資料は重要だが個人的には、座談会の厳しい突っ込みが興味深かった。

玄洋社という組織が、「思想」を核とした組織ではなく、気の合う人間同士の信頼関係を軸とした

緩やかな連帯関係と見るのは、はなはだ的を得た指摘と思う。あと、講和反対の焼き討ち事件に関

しては、小川平吉の資料が興味ぶかいですね。

 

(19) 山座円次郎 長谷川峻 時事通信新書 

龍丸さんや桑原さんの先輩筋に当たり、進藤一馬先生と共に、戦後、玄洋社系保守政治

家として活躍した長谷川峻氏によってかかれた、郷土の先輩山座円次郎の最初の伝記。

新聞記者時代に書かれたものなので、幾分かの誇張はあるものの、山座の剛胆かつ緻

密な人物を愛情と尊敬を込めて描いた好著。死を覚悟した小村寿太郎が、山座に伝え

るべく口述した日露戦争後の施策方針の中に「博多港築港計画」があり、茂丸の進める

同様の計画の参考になることを伝えに、山座が茂丸宅をふらりと訪れるエピソードが記されている。

両者の気心の知れた関係を垣間見ることが出来、興味深い。対支那政策のうち大失敗とおいて良い

対支二十一箇条要求」もバランス感覚に富んだ山座がいれば提示されることはなかったかもし

れないことを思うと、早すぎる死が本当に惜しまれる

 

(20)星亨−藩閥政治を揺るがした男 鈴木武史 中公新書 

貧しい町医者の養子として育ち、苦学の後、日本最初の国際弁護士資格(バリスタ)

となり、政党政治の勃興期に「押しとおる」と称された、行動力と政治手腕で名を

馳せた人物。関係する移民会社や銀行から引っ張り出した資金を元に、政党や東京市

議会を牛耳った手腕が災いし、金権腐敗政治の元凶とみなされ、雄図半ばにして剣客

伊庭想太郎に暗殺された。茂丸は「首浚い組の棟梁」をやっていた無頼青年期に、自

由党系の新聞発行に悪戦苦闘している星亨と知り合い、その後も政治見解が一致する事は一度も無

かったものの、お互い友人としての好意を持ち続けた。茂丸は星亨の死後、関連銀行の整理を行い、

自らの著作の中で星の名誉回復に努めている。著者が研究者ではなく星と同じ弁護士ということも

あり、表側の資料を基に星の政治的変遷を主にまとめられている。政治活動の流れを知るには便利。

残念ながら茂丸は人物、著作共に取り上げられて無いですが。(^^;

 

(21)祖父・小金井良精の記()() 星新一 河出文庫 

星新一さんが著名な解剖学者であった祖父・小金井良精の日記を元に明治の近代医学

黎明期と自家の歴史を綴った作品。茂丸は、良精の娘婿「星一」の師でもあったので、

「杉山茂丸」の章を設け、故人の意思で行われた病理解剖の記録が昭和10年7月20

日の日記として記載されている。これまでは星新一の作品の中では入手困難な「幻の

一品」であったが、何と文庫化!その英断には敬意を表したい。

 

(22)李容九小伝−裏切られた日韓合邦運動 西尾陽太郎 葦書房 

茂丸の最暗部「日韓併合」に関して韓国側のキーとなる悲劇の人物が本書の主人公

李容九」。東学党の流れを汲む親日組織「一進会」の会長。国力差による強制的

併合によって祖国が「植民地化、奴隷化」されるのを防ぐべく、対等的立場での

「日韓“合邦”運動」を茂丸、内田良平、武田範之らと共に推進した。李らの狙いは

連邦国家」であったが、地政学的観点から形は問わず「日韓の一体化」を少しで

も早く進めたい茂丸ら日本人同士と、「韓国併合」の方針を決めてはいるが、条約規定上強制的な

併合が困難な政府要人(桂、寺内、小村ら)とのパワーバランスから、運動は李のもっとも危惧し

ていた「日韓併合」にすり返られ、利用され、打ち捨てられることとなった。李は爵位を受けず、

病を得て療養先の須磨で「杉山さん、欺かれました。」と見舞いに来た茂丸に告げ、絶望と諦念の

うちに亡くなった。祖国では今だ「売国奴」と罵られ、糾弾される悲劇の人物を表裏の資料を駆使

して描き、再評価の狼煙を上げた良書。これだけ茂丸が出てくる歴史書は無く、茂丸の理想化肌と

冷徹な現実主義者の両面がうかがえる。これを出版してる葦書房も凄い。必読です。

 

(23)父は祖国を売ったか 橋本健午 日本経済評論社 

李容九の唯一血の繋がった遺児、李碩奎こと「大東国男」氏の伝記。父の死後、併

合の功労者として爵位を得た宋秉o伯爵の政治的人質として、身寄りの無いも同然

として、日韓を行き来させられて育てられる。大人達に翻弄され己の出自に自信を

得ることも出来ず、不良学生、アナーキスト、黒龍会や226事件関係者との交流を経

て、戦時体制に移行する中、京城で伊藤博子と結婚。終戦後、日本に帰り日韓会談促

進会など、佐藤栄作による日韓条約批准に向けて民間人として奔走した。1937年、国男の後見人

でもあった内田良平が、死の1週間前に「お父上の素志を実現できなかったばかりか、同士を

裏切った思い、誠に申し訳なかった」との詫び状を送っていたことが最後に明かされている。

正直、不肖の息子であろうが、何処と無く憎めない人物ではある。

 

(24)浄瑠璃素人講釈()() 杉山其日庵 岩波文庫 

浄瑠璃愛好家にして優れた批評家でも会った茂丸の芸道関連の代表

的著作が21世紀の世に文庫として再登場!やってくれるぜ、岩波

文庫!!しかも、旧来の版に比べて内容も増補のうえ、充実した注

釈は茂丸の交友関係を把握する上でも役立ちます。

上巻では浄瑠璃の修行にのみ打ち込んだ結果、前受けが悪くて給金

の取れぬ芸人になりながらも、死ぬまで芸に対する謙虚さと研究心を失わなかった、三代目竹本

大隅太夫への賛辞「義経腰越状」がイカス!下巻には「百魔」の登場人物中、最高の人気を誇る

「猛さん」こと後藤猛太郎が登場。向島の茂丸宅に転がり込んだときに、愛人だけでなくお抱えの

三味線引き(五代目鶴沢仲助)を茂丸に引き取ってもらうのも凄いが、あれだけ大見得を切ってる

割には、猛さんの浄瑠璃語りは、キーがふらふらしてて、あんまり上手くない様子。名人(大隅

太夫)を前に自分のへなちょこ義太夫を、臆面もなく聞かせる極楽トンボのボンボンぶりに、茂丸

と仲助が本気で困ってるのが可笑しいです。(^^)

 

(25)杉山茂丸傳−もぐらの記録 野田美鴻 島津書房 

茂丸の次女、多美子さんと結婚した石井俊次さんの親族で、二人を親代わりとして

成長した著者が、大恩ある「おぢ」と「おば」への感謝の念を込めて、まとめた

茂丸の伝記。俊次さん、多美子さんを介して実際に茂丸に接したことのある著者の手

で、複雑怪奇な茂丸の生涯が手際よくまとめられている。あっしは、あえてこの本

を読まずに茂丸について調べてきたので、これだけの調査内容をまとめるまでに必要

だった苦労が実感でき、実に大変だったことと思う。比較的入手も容易なので、茂丸に興味のある

方は是非一読を。531Pから始まる後記では今は亡き「おぢ」について言及しており、ここが本当に、

著者が書きたかった所と思う。これまでは久作関連の文書からクールな医者のイメージであった石井

舜耳さん(俊次のペンネーム)が茂丸のお眼鏡にかなっただけのことはある、豪胆で国士的な度量と

ユーモアを兼ね備えたいかにも福岡県人らしい人物として、敬愛あふれる筆で書かれており、貴重な

記録となっている。

 

(26)お鯉の生涯 祖田浩一 筑摩書房 

「目千両」と謳われた容貌で知られ、戦前の歌舞伎界の大立者「市村羽佐衛門(当時

は家橘)」の妻を経て、桂太郎の愛妾となった芸妓「お鯉」こと安藤照子の生涯を描く。

茂丸は、桂が妻の嫌忌に触れ一時的にお鯉と別れていた時に、落剥したお鯉の生活に

同情し、再度二人の中を取り持ったり、桂の死後、桂家の財産管理人として(いつも

のように)尊大な態度を取れば皆ひれ伏すと思っているちょっと勘違いした元老の井上

 馨とお鯉の間を取り持ち、幾許かのお金がお鯉の手に渡るようにする人物として登場。いたずらも

するが基本的に良い人役。お鯉は桂の死後、経済的には恵まれず、最後は頭山満の勧めもあって目黒

の羅漢寺に尼僧として入寺する。個人的にはあの羽左衛門の若い時のロクデナシっぷりが、興味深か

った。