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植村 直己(うえむら なおみ)

1941.2.12〜1984.2.13(?)

 

1941年、兵庫県城崎郡日高町の農家に6人兄弟の末っ子として生まれる。明治大学農学部に入学し、

山岳部に入部して始めて登山を知る。大学卒業後、日本脱出。アメリカの農場で不法労働で逮捕され

るが、担当者の温情で日本への強制送還は免れ、ヨーロッパへ。モルジンヌのスキー場に就職し、登

山資金を貯める。1965年、明大ゴジュンバ・カン登頂隊に途中から参加、第二次アタック隊として初

登頂を果たす。フランスに帰った後、モンブラン、マッターホルン、ケニア山、キリマンジャロと意

欲的に山に登る。南米最高峰アコンカグア単独登頂、アマゾン河を筏で下るなどした後、日本に帰国。

 

1970年、日本山岳会のエベレスト遠征に参加し、松浦隊員と共に日本人初登頂。直後に北米最高峰

マッキンリー単独初登頂を果たし、世界で最初の五大陸最高峰の登頂者となる。この頃から南極横断

の夢を抱く。夢の実現のため、エスキモーと共に生活し、犬橇と極地での生存術を学ぶ。1974年野崎

公子と結婚。犬橇単独12000qの旅に成功。1978年北極点単独行、グリーンランド縦断に成功し世界的

名声を得る。1981年始めて隊を率いて冬季エベレストを狙うが、隊員の死もあり断念。アルゼンチン

軍の協力を得て進めていた南極横断の夢も1982年フォークランド紛争の勃発により断念せざるを得な

くなる。新たな夢、野外学校設立の参考のためミネソタの野外学校に講師として参加。1984年2月12

日、43歳の誕生日に冬季マッキンリー単独初登頂を果たすが、登頂を伝える交信の後、消息を絶った。

 

注目理由

始めて知ったのは北極点単独行の時、たぶん学研の「科学」か「学習」の記事じゃないかなぁ。

まぁ、知ってるってだけだったんだけど、彼の遭難後かなり経ってから読んだ「青春を山に賭けて」が

凄く面白くて、それ以降「植村本」を集めてます。何処が良いかと聞かれれば、よく言われていること

ですが「古き良き日本人の美徳」を感じさせるところでしょうか。寡黙で飾らず、常に相手を気遣い、

それでいてやることはやる、といった。おいらは、全然そんなタイプじゃないからよけいに惹かれる

のでしょう。また、彼が忘れ去られつつある今だからこそ、かつての英雄賛美といった風潮にとらわれ

ること無く、植村を再評価することが出来る時期ではないでしょうか。

 

まぁ、ごたくは置いとくとして、植村の著作は面白いから是非読んでねと。(^^)

 

参考文献

(1)青春を山に賭けて 植村直己著 文春文庫

俺はこんな事をやってきたんだぁ〜」という叫びが聞こえそうなくらいエネルギッシュ

な処女作。田舎出のコンプレックスの固まりのような青年が、夢にめがけてひたむきに前進

し続ける姿を応援せずには居られない。ゴジュンバ・カン登頂後、ネパールからフランスま

でヒッチハイクで帰ったり(フランス到着後肝炎で倒れる)、アマゾン川を筏で下ったりと

「無茶やってんなぁ」って感じのエピソードが次々と出てきて、とても楽しい。植村の業績

は時と共に忘れ去られつつあるが、この本は青春小説の秀作として残るだろうし、またそうあって欲しい。

 

(2)極北に駆ける 植村直己著 文春文庫

極北のエスキモーの生活を直接日本に紹介することとなった記念すべき本。南極行きの夢を

実現するため、犬橇の扱い方と極地での生活への順化を目的として入った極北エスキモーの

村シオラパルクでの生活と、命をかけて臨んだ往復3000km(これは南極横断の距離と

ほぼ同じ)に及ぶ犬橇単独行の記録。エスキモーの生活描写も面白いが、植村と養子縁組を

結ぶイヌートソア、ナトック夫妻との愛情に満ちた交流の暖かさや、夢の実現のため、常に

自らを厳しい環境に置こうとする植村の覚悟が伝わってくる本である。共同生活を送っていた大島育雄

ちょっとだけ登場します。

 

(3)遙かなるマッキンリー 中島祥和著 講談社

明大山岳部の先輩が、仲間内から見た植村を描く。マッキンリーで消息不明になった時点から

書き出されており、公子夫人の記者会見の様子も奥さんの視点に非常に近い所から書かれてい

る為、身内の苦悩が非常に強く伝わる。インタビューの幅も広く、家庭での植村も多く描かれ

ており、植村の著作以外では最もお薦めできる本。友人達や夫人による裏話が多く掲載されて

おり、植村の著作との併読を薦める。

 

(4)マッキンリーに死す 長尾三郎著 講談社文庫

上温湯隆の「サハラに死す」から始まった、生き急ぐ壮絶な冒険者達の死を描くシリーズ

の第3段。バランスの良いインタビューと文章でかなり踏み込んで書かれており、植村本と

しては上位に位置する。息子がエベレスト登頂を果たした記事を見て、歓喜のあまり新聞を

持ったまま村中を走り廻る父の姿がほほえましい。加藤久一郎氏や宮家との関係といった

他の本であまり書かれていない内容もある。表紙の写真選定のセンスは一番か。一般的な

植村のイメージってこうだよね。

 

(5)植村直己の冒険 本田勝一、武田文夫編 朝日文庫

植村の行為をそれなりに評価した上で、その功罪と遭難の原因についてについて論じた本。

遭難原因と考えられる要素をそれぞれの専門家が検証したものや、植村と非常に親しい人達

(大塚博美、西堀栄三郎等)へのインタビューが興味深い。筆者の本の中では独りよがりな

断定の少ない本だが、北極行を「ロケ的冒険」と呼んでいたり、北極行の資金集めを行った

電通を一方的に悪者扱いしている点はちょっと違うんじゃないかなぁと思う。電通の問題は

エージェントの選び方の問題でしょ。読後感が良いとは言えない本だが、植村を深く知る上では外すこと

の出来ない本である。

 

(6)弟・植村直己 植村修 編集工房ノア 

学費、渡航費用、帰国費用をだして、常に弟のわがままを影で支えてきた長兄による、

遭難以降の直己を巡る物語と、父母、兄弟の思い出を語った本。家の厄介者に過ぎない

困りものの弟』という兄の認識と『世界的な冒険家』と言う一般的評価のギャップが、

ほほえましくも面白い。ただ、遭難以降に書かれた本だけあって、遭難時の精神、経済

的苦痛がそこかしこに伺える。

遭難の一報を受けたときに最初に思った「あぁ、予想も付かない直己の救助の費用をどうするのか。

その費用の捻出のために、畳屋は廃業になるかも知れない。」というのは、書かずにいられなかった

兄の本音と思う。

 

(7)少年 植村直己 太田誠 北斗社 

植村と同じ兵庫県但馬出身の著者が、郷里の友人や植村の家族へのインタビューの中から、

少年時代の植村に潜む、後の大冒険家への萌芽を検証している。同級生で東京の大学に

進学したのが植村だけであり、後に渡航費用も用意するなど、地元の同世代から見ると

植村は「驚異的に恵まれた」存在だったようだ。中学、高校と成績も悪くなかったとの

こと。ちょっと意外だ。また、多数引用されている大学時代の日記に、植村の孤独や苦悩、

努力の跡が強く感じられ興味深い。『植村直己日記』とかの形で出版されないかな?でも、売れないだ

ろうしなぁ。(-_-)ウムー

 

(8)蒼き氷河の果てに 島村譲 講談社コミックス 

『THE STAR』『覇王伝説 』などケレン味たっぷりの作風で知られる漫画家さんの初単

行本。親友小林とのライバル関係を軸に若き日の植村を描いている。朴訥な植村のキャラと、

著者の作風がいまいちマッチしていないので、すんごい面白いとまではいかないが、当時の

著者の力量を認識した上で読むとそれなりに楽しめます。

たぶん当時、講談社から登山漫画『俺達の頂』(←最高〜!!)を出した『堀内真人(現、

堀内真子)さん』のアシスタントをしていた縁で、この人が描くことに決まったのでしょうが、堀内さん

に描いて貰いたかったなぁ。現在は1000〜2000円位のプレミア価格で取り引きされている模様。

イヤ、そんなには、出せん。(^^;

この著者には、尻切れで終わっている『青龍の神話』の続編を書いて欲しいなぁ。

 

(9)極地に燃ゆ−にんげん植村直己 相沢裕文 松本照雄 毎日新聞社 

北極点、グリーンランド縦断単独行直後という植村の絶頂期に、エベレスト遠征隊や

北極圏12000q、北極点単独行に取材陣として同行した記者達による植村の冒険記。

メジャーになる前からのつき合いであるため、あまり知られていないエピソードが多く

親密さも伴い、とても面白い植村本となっている。エベレスト第一次偵察時にほとんど

一人でアイスフォールを突破した時の活躍ぶりを紹介。その重労働のさなかに、いつ崩

れても不思議ではないアイスフォールの上で一人スキーを楽しむ植村のパワフルさにはあきれる。(^^)

公子夫人へのインタビューは他の本ではあまり見られないので、要チェックですね。

 

(10)我が友植村直己 廣江研 立花書院 

大学山岳部の同期でマッキンリーの第2次捜索隊隊長も勤めた、親友による植村回想記。

著述に関しては素人なので冗長な部分も有るが、「書き残したいから書く!」という

一番大事な部分はしっかり押さえてあるうえ、ささやかなエピソードも多く楽しめる本。

もう少し学生時代の描写が有れば、もっと良かったのにと思う。

山岳部同期のリーダーであり、植村がライバル視していた「ゴキブリ」こと小林氏は、

著者の結婚式に来た際に交通事故で亡くなっている。小林の死は、植村にとっても大ショックだったが、

友人が自分の結婚式がきっかけで死んだ著者のうけたショックについてはこの本では語られていない。

辛すぎるからだろうか・・。

 

(11)登頂コジュンバ・カン 高橋進 茗渓堂 

植村にとって始めてのヒマラヤ。初登頂を果たしたことにより植村の名が最初に新聞

に載ったゴジュンバ・カンの遠征記。でも、植村は準備も手伝ってないし、遠征資金

も払ってない飛び入り参加なので、彼に関する記述は少ない。あくまで、明治大学山

岳部としての記録。それでも、始めてのヒマラヤ登山への各隊員の感動や苦労を記し

た記事はかなり楽しい。植村、ベンパ組による薄氷の登頂シーンから書き始めた構成も

なかなかのもの。植村の頂上での交信「ありがとうございます。私だけが登ったのではありません。

皆さんの力が私を頂上にあげてくれたのです!」の中身がが伝わってくる本である。

 

(12)植村直己冒険の軌跡−どんぐり地球を駆ける 山と渓谷社 山と渓谷社 

山渓編となっているが、本文は植村の明大山岳部同級生『中出水勲』氏による。5人

しかいない山岳部同期、しかも植村と学生時代は同居生活をしており、新聞社社員と

いうプロの物書きでもあるという、絶対的に有利なポジションにありながら、何か特徴

のない普通の植村紹介本になっちゃってるのがもったいない。

 

 

(13)植村です−どうもすみませんです 能勢順 教育出版センター 

北極行以降、植村と行動を共にした毎日放送のプロデューサーが徹底的に自分の目で

見、同じ時間を共有した植村だけを描く。植村にとってもっとも辛かったであろう期

間を共に過ごした人物だが、厳しい条件下にあっても明るさと思いやりを忘れない

植村に、惚れ込んでいる様子がよくわかる。また、植村の冒険を影で支える妻公子や

植村の山仲間、友人達の普段の姿が伝わってくる。ここで取り上げた植村本の中でも

かなり上位にランクされる好著である。おすすめ〜。

 

(14)極北に消ゆ−植村直己捜索報告・追悼集 明治大学山岳部炉辺会 山と渓谷社 

明治大学山岳部による2度に渡る植村捜索の報告書。実際に植村の歩いたと思われる

跡をたどることで、当初マスコミで喧伝されていたバニーブーツの不具合説やスリップ

説を否定的に捉えている。捜索隊の参加者は若手を除き、植村に近い人達で構成されて

いるが、その彼らでさえ着いたとたんに帰りたくなるような、厳しい環境下での捜索

だったことが書かれている。第二次捜索隊の三人が、マッキンリー頂上にたどり着き、

植村の残した「旗」を見つけて、その絶望的なまでに孤独な姿に涙するシーンが、印象に残る。

 

(15)植村直己と山で一泊 ビーパル編集部 小学館ライブラリー 

南極大陸横断という生涯の夢がフォークランド紛争の勃発により潰え、半年間南極に

足止めされて帰国した2ヶ月後にもたれたインタビュー。1泊2日のキャンプを行い

野外でこれまでの活動を語ってもらおうというもの。メインゲストでありながら、自然

と周りの人を気遣い、体を動かすという団体行動時の植村の様子がよく分かる本。

通常のインタビューより若干リラックスした感じがするのと、植村が使っていた道具が

写真とその機能の面で丁寧に説明されているのがグッド。巻末には世界放浪からの帰国直後から植村

をサポートしてきた文芸春秋の湯川豊氏のエッセイが掲載されており、長年の相談相手から見た植村

像は貴重。良い本です。

 

(16)植村直己 地球冒険62万キロ 岡本文良 金の星社 

児童文学作家による子供たちのための植村の伝記。よく調べて書いているので、これ一

冊読めば植村の足跡を知ることは出来る。とはいえ、これを読んで子供たちが感動するか

と聞かれればちょっと疑問。なんていうか植村自身の本にある「ある種のもどかしさ」と

それを超越するための「奮闘」といったものが存在しないからか。まぁ、植村については

無理して小学生のときに読むのじゃなくて、高校生位になってから、彼自身の著作(“青

春を山に賭けて“とか)で読んだ方が良いと思いますね。

 

(17)Number96−戻ってこい植村直己さん 文芸春秋社 

炉辺会による第一次捜索隊への同行取材を含む緊急特集号。まだ情報の整理が不十分だっ

たこともあり資料的価値はそれほどでもないが、写真家としての植村の作品をカラーで紹

介するなど、グラフィック誌らしい切り口がみられる。マスコミや周囲の雰囲気にあおら

れて、エスカレートしていったかに喧伝される冒険行が、かつてエベレスト山頂で夢見た

「南極大陸横断」という(当時としては)実現可能とは誰も思わない壮大な夢を達成する

ために、迂回しながらも必死でその道を辿ろうとしていた、と記す湯川豊記者の記事は盟友による優

れた植村論として必読。

 

(18)植村直己−夢と冒険 文芸春秋臨時増刊 June.1984 

植村の冒険行を初期から支え続けてきた文春の記者、カメラマンたちによる植村の記録。

豊富な写真と関係者の証言(顔写真入り!)で構成された非常に密度の濃い作品。雑誌ゆえ

に入手は若干困難だが、資料的価値は非常に高い

公子さんの手記「帰ってこない春」にある「私は若い頃、長い闘病生活を送ったせいか、人

から半端ものと言われるときがあります。どこか世の中の普通の、人並みの生活を諦めていた

部分があります。植村も、大学を出て普通の勤め人には自分はなれっこないと固く信じていましたし、世の

中の多くの人々に対してコンプレックスを持っていました。そんな2人が、くり返しますが、結びついて一所

懸命生きてきたんです。私には誇らしいより前に、切ない人なんです。」という告白が胸を打つ。

ちなみに表紙はアルゼンチンの基地で、南極への犬ぞり行の機会を伺っていた時のもの。南極のアザラシは

北極と異なり人を見ても逃げないので、こうして抱えることが出来る。あえて表紙に一般受けしないであろ

う南極の写真を持ってきたところに「植村の果たせなかった夢」への編集者たちの哀悼が伝わってくる。

 

(19)エベレストを越えて 植村直己 文春文庫 

1970年に日本人として初めてエベレストの頂上に立ったことは植村の名を一躍有名にした。

しかし、その後の「エベレスト国際隊」での人種間の軋轢は植村を山から遠ざけ、後に自ら

隊を率いた冬季エベレスト登山隊では隊員を高度障害で喪い、登頂にも失敗。責任感の強い

植村はどん底の悲哀を味わうことになる。そんな喜びも悲しみも詰めこんだ山への思い出

をまとめ、最後の夢「南極横断」への決意を語った著。処女作「青春を山に賭けて」のよう

 な破天荒さは無いものの、落ち着いた自信と大人らしい分析の伺えるこの本は植村にとって最後の手記

なった。

 

(20)グランドジョラス北壁 小西政継 中公文庫 

当時、日本でトップの岩登り屋であった小西政継はエベレスト第二次偵察隊、本番の日本

エベレスト登山隊において、植村の力量を認め、自らが選定を依頼されていた「国際エベレ

スト登山隊」のメンバーに植村を推薦する。そして、植村のトレーニングをかねて自ら率い

る山岳同士会のメンバーと共にアルプス三大北壁の一つ「グランドジョラス北壁」の冬季

登頂を目指すが、数十年ぶりに訪れた寒気に阻まれて停滞を余儀なくされ、食料も尽きる。

参加したメンバーの中で、ロッククライミングの力量が低く、ゲスト扱いだった植村ともう一人以外は

全員が凍傷で足の指を切断する極限状態の中で、山の厳しさと、自分の登山家としての力量と正面から

向かい合うことになった植村は、小西らの代わりに参加した「エベレスト国際隊」で自らのなすべきこと

を黙々と成し遂げ、サミット(頂点)ではなくポール(極)を目指した冒険へと方向を変えるきっかけに

なった。なお、何とか生還したメンバーたちであったが小西が絶賛した今井を含め、ほとんどが後に山で

命を落とす。「山で死ぬ覚悟があるか!」と狂気ともいえる情熱で山岳同志会を率いていた小西も強

さを秘めたまま程良く枯れ、ついには山で命を落とす。その力強く美しい死に様については「山は晴天 

中公文庫」参照のこと。

 

(21)北極圏一万二千キロ 植村直己 文芸春秋 

極北の村シオラパルクでの極地生活と犬橇のトレーニングを終え、公子さんとの結婚も果

たした植村が次に向かったのは、グリーンランドからアラスカの先端まで一万二千キロに

及ぶ途方も無い犬橇行。比較的小額の資金援助で自由にできた最後の旅であり、犬橇行

だけでなく、エスキモーの老夫婦の下で(下働きとはいえ)サケ漁などを行ってひと夏過

ごした体験記なども貴重。とはいえ、橇を海中に落として命も希望も失いかけたり、食糧

不足と重労働で使役犬であるハスキーたちがどんどん疲労凍死していくなど、過酷さは他の旅と変わり

無く、植村個人にとっても忘れがたい大冒険だったようだ。

 

(22)北極点グリーンランド単独行 植村直己 文芸春秋 

今なお植村のイメージの根幹にある北極点犬橇単独行。絶望的な乱氷の中を一人、トウ

と呼ばれる鉄棒で道を切り開き、鞭を振るって前進する姿は子供心にも相当なインパクト

があった。この北極点到達によって「もっとも勇敢な男」の称号を得た植村であったが、

旅の前の苦労や、大島育雄を含む日大隊との見えない競争、失敗の許されないプレッシャー

もあり、本人にとってはかなりきつかった旅に思える。あまり知られていないが、北極点

に引き続いて行ったグリーンランド縦断も前人未到の大紀行であり、ハードな旅の最中に、学術研究用の

雪のサンプルを取り続けるなど、植村の几帳面な姿も垣間見える。

 

(23)落ちこぼれてエベレスト 野口建 集英社文庫 

ネスカフェのCM(エベレスト清掃登山)でメジャーになったアルピニスト野口健の自伝。

アルピニストとしては素人のおいらが読んでも「おいおい大丈夫か・・。」ってとこはある

にせよ、何のとりえも無いさえない少年が、偶然植村の「青春を山にかけて」読んで感動し、

一念発起して、7大陸最高峰登頂という形で植村の後を追いかけた情念は敬服に値する。

植村マニアを自認するおいらですら、呆れるくらいの植村への思い入れの深さがイカス。